スポーツはもちろん、将棋や囲碁のほか、ビデオゲームの世界でも、いまや当たり前になった「観戦」文化。選手たちの一挙手一投足を見守り、勝負所では実況と観客が一体となって大いに盛り上がる──。そんな楽しみ方が、ポケモンバトルの世界でも定着しつつあります。
この「観戦」文化をさらにおもしろくするため、株式会社ポケモンとHEROZ株式会社は『ポケットモンスター』シリーズのビデオゲーム内で行われるポケモンバトル(以下、バトル)の戦況を可視化するAIツール「Pokémon Battle Scope(以下、PBS)」を共同開発しました。
バトルの魅力のひとつは、戦略の奥深さです。プレイヤーは自分で育てたポケモンを選び、相手と戦います。各ポケモンは4種類の「わざ」を覚えており、プレイヤーは毎ターン、相手の手を読みつつ最適なわざを選択していきます。
ここで重要なのが、ポケモンやわざの「タイプ」。全部で18種類あるタイプには、それぞれ強弱の関係があります。たとえば、「ほのお」タイプは「くさ」タイプに強く、「みず」タイプに弱い。こうした相性を考えながら、相手の動きを予測し、最善手を探っていく。つまり、ポケモンバトルは将棋のような頭脳戦なのです。
さらに、約4%の確率で相手に与えるダメージが増加する「急所への攻撃」や、あらゆる要因によってポケモンに起こる、まひ、どく、やけど、ねむりなどの「状態異常」といった“運”も絡んできます。たとえ不利な状況でも、一発逆転のチャンスは残されている。そんなスリルが、観戦の楽しさを生み出します。
このようなバトルのおもしろさを、より多くの人に味わってもらうためのツールがPBSです。AIを活用し、どちらのプレイヤーが優勢かを数値化する「形勢判断」と、次に選択すべき「候補手」を表示します。戦況を可視化することで、普段ビデオゲームをしない層や、知識の少ないバトル初心者でも、戦いの流れを読みながら観戦できるようになりました。
私たちとともにPBSをつくったのは、将棋AI開発の実績を持つHEROZ株式会社。同社は、日本将棋連盟公認の将棋ゲームアプリ「将棋ウォーズ」をはじめとするAI搭載ゲームの開発が強みです。
「HEROZの開発メンバーのなかには、ポケモンに親しみ、バトルをやりこんでいるプレイヤーが多かったので、ポケモンバトルのおもしろさを深く理解した上で開発に取り組んでくださいました」と、株式会社ポケモンの担当者は振り返ります。
PBSは、2024年2月25日開催の「ポケモン竜王戦2024」ゲーム部門での導入を目指して開発が進められました。本大会は株式会社ポケモンが主催し、将棋界最高峰のタイトル戦「竜王戦」を主催する読売新聞社と、日本将棋連盟との共催のもと運営されています。近年は能楽堂を舞台に、選手たちが和服を羽織って参加するなど、バトルの大会に留まらないユニークなイベントとして親しまれています。
将棋AIからPBSの着想を得たこともあり、プロジェクトチームには「ぜひ2024年のポケモン竜王戦に間に合わせたい」という想いがありました。
とはいえ、開発は一筋縄ではいきませんでした。駒の数が決まっている将棋とは異なり、ポケモンバトルには、1000種を超えるポケモンや、900種類以上ものわざが存在します。また、バトルフィールドの天気やポケモンの状態異常などによっても、選ぶべき手が変わります。その組み合わせは天文学的な数字に……。AIに学習させるための条件を設定し、シミュレーションの回数は、数億回にも上りました。
PBSを実装し、迎えた「ポケモン竜王戦2024」当日。ゲーム部門の1回戦が始まり、配信画面にAIの候補手が表示されると、配信番組のコメント欄は大いに沸きました。ポケモンバトルの戦局を分析することの難しさは、選手や観客もよくわかっています。だからこそ「思った以上にAIの精度が高いぞ」という驚きが、バトル観戦者たちの熱狂につながったのかもしれません。
なかでも盛り上がったのは、選手がAIの候補手にない選択を繰り出した場面。「AIを越えた!?」というコメントが次々に流れ、実況席からも歓声が上がりました。
AIが示す候補手は、いわば教科書的な一手。しかし、プレイヤー同士の対決では、相手の裏をかくために、あえて最善手を選ばないこともあります。AIが順当な候補手を示してくれるからこそ、そうしたトッププレイヤーの妙手が際立ちました。
ポケモン竜王戦でのお披露目は、想像以上の反響をいただき幕を閉じました。しかし、PBSは進化の途中。候補手の精度を高めたり、形勢判断の推移をグラフ化したりと、改良の余地はまだまだあります。「観戦体験をより豊かにできるよう、今後もアップデートを重ねていけると嬉しい」と担当者は語ります。
大人から子どもまで、誰もが同じ条件で、ともに真剣勝負を楽しめるポケモンバトル。その魅力を、AIの力でさらに多くの人々に伝えていきたい──。そんな想いで誕生したPBSによって、ポケモンバトルの観戦文化は新たなステージに立ったのです。