美術館の展示室にただようのは、繊細な工芸の技によって息を吹き込まれた、ポケモンたちの気配。2023年3月から始まった展覧会 「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」は、国立工芸館(石川県金沢市)での開催を皮切りに、国内外の各地を巡回しています。
なぜ、一見まじわりのないポケモンと工芸をかけ合わせたのか? ポケモン×アート推進室の担当者はこう語ります。
「工芸は、土や木、金属など、さまざまな自然の素材を活かし、匠の技法を持って作品をかたちづくります。そんな工芸と、仮想世界のいきものであるポケモンが混じり合えば、とても面白い化学反応が起こるのではないか……そんな期待があったのです」
福田亨《雨あがり》 2022年 個人蔵 Ⓒ福田亨 〔撮影〕斎城卓
ポケモンの担当者は、東京国立近代美術館工芸館 *(現・国立工芸館)に相談を持ちかけました。話を受けた現・国立工芸館長の唐澤昌宏 さんは「工芸を幅広い世代に知ってもらうきっかけがつくれるかもしれない」と感じたといいます。
「工芸作品に関心を持つのは、年齢が高い層が多いんです。一方で、ポケモンは若い世代を中心に、幅広く支持されています。今回の取り組みは、若い世代にも工芸の世界に入門していただく、とてもいい機会になるのではないかと考えました」
まったく新しい取り組みとしてゼロから議論を重ね、今回の美術展が実現しました。
*東京国立近代美術館工芸館 東京国立近代美術館の分館として1977年に東京・北の丸公園に設立。2020年、地方創生施策の一環として石川県に移転。国立工芸館に改称。
両者が大切にしたのは、本格的な工芸の展覧会を開催すること。ポケモンを表層的に捉えただけのようなものではなく、アーティストそれぞれがポケモンのコンセプトをしっかりと咀嚼し、テーマやモチーフ、素材や技法などを考え抜いてできあがった作品を展示したいと考えました。そして、そんなポケモンたちの作品を通して、さまざまな工芸手法の魅力を知ってもらう場にしたい。そんな想いがあったのです。
アーティストの選定は、国立工芸館とポケモンが意見を出し合い、人間国宝から新進気鋭の若手まで20名が参加することになりました。そのなかには、今までポケモンに一切触れたことのないアーティストも。この美術展への参加が決まってから、ビデオゲームをプレイしたり、アニメを鑑賞したり、「ポケモンずかん」を読み込んだりと、さまざまなアプローチで理解を深めていったといいます。
今回の美術展では、コンセプトのひとつとして「真剣勝負」があります。ポケモンが技を駆使して繰り広げる「ポケモンバトル」は、ポケモンのゲームの根幹を担う要素です。一方、アーティストは自身が選んだ素材と向き合います。そして、そこにどんな技法や意匠を施せば、ポケモンに対する自らの解釈や想いを表現できるのかを考えぬき、創作します。そんな彼らがポケモンに真正面から向き合い、本気で作品づくりに挑む姿は、まさに「真剣勝負」そのものでした。
今井完眞《フシギバナ》2022年 個人蔵 Ⓒ今井完眞 〔撮影〕斎城卓
「ポケモンは仮想世界のいきもの。実体のない存在を、画面を通して観察し、想像を膨らませる作業は、アーティストにとっても新しい取り組みだったのではないかと思います。さまざまな解釈で捉えられたポケモンたちが作品になる過程は、わたしたちにとっても新しい発見のある、すばらしい体験でした」とポケモン×アート推進室の担当者は目を輝かせます。
モチーフとなるポケモンは、アーティスト本人が選んでいます。本美術展のキュレーションをつとめた国立工芸館主任研究員の今井陽子さんは、次のように振り返ります。
「今回参加したアーティストは、工芸ならではの素材と技法を精査して自身の作風を築いた方ばかり。そのため、魅力的に感じるモチーフは、アーティストごとにおのずと異なってくるのでは?と予想していました。そして思惑通り、今回の美術展ではさまざまなポケモンが選ばれました。幾つかはモチーフが重なりましたが、各々の表現の差が際立って、興味深いコントラストになったと思います」
ポケモンの姿かたちから存在感までを見極めた作品、ゲームの世界での主人公の冒険や、その舞台をなぞる作品、ポケモンのわざをモチーフにした作品、……実に多様なかたちで「ポケモン×工芸」作品が姿をあらわしたのです。
美術展には、ポケモンファン、工芸ファンの垣根を越え、さまざまな世代が来場しています。
「親、子ども、おじいさんやおばあさんという、三世代での来場者が多くみられます。工芸に詳しい大人の方が、お孫さんに技法を説明して。逆にお孫さんはご家族に、ポケモンについて説明して……そんなやり取りが微笑ましく、印象に残っています」と、唐澤館長は顔をほころばせました。
城間栄市《琉球紅型着物「島ツナギ」》2022年 個人蔵 Ⓒ城間栄市 〔撮影〕斎城卓
今井さんは、本美術展ならではの楽しみ方を、次のようにまとめてくれました。
「作品をさまざまな角度から鑑賞してみると、今まで気づかなかったポケモンの姿が浮かび上がるかもしれません。見方・味わい方は無限です。ぜひ来館された方それぞれの、ポケモン✕工芸をゲットしてもらえればと思っています」
現在、作品数は約80点にのぼります。今後は作品をさらに増やしながら、巡回展は続いていく予定です。
トップ画像:満田晴穂《自在ギャラドス》 2022年 個人蔵 Ⓒ満田晴穂 〔撮影〕斎城卓